2013年9月16日〜30日
9月16日  ライアン 〔犬・未出〕

 部屋にいくと、タクは洗濯物をたたんでいた。

「よくやるなあ」

 いつもながらあきれてしまう。
 
 主人のコリンはこの家に通いのハウスボーイも雇っているし、クリーニングサービスも使える。

 だが、こいつはシャツもパンツもきれいにたたみ、クローゼットの中も整頓しているのだ。
 もしかして、兵役の経験があるのか。

「ないよ」

「整頓は日本の文化?」

「ガキの頃は、散らかしっぱなしだったよ」

「……」

 タクは言った。

「昔、テレビでシャツのたたみ方の裏ワザがやってたんだ。面白いから癖になった」


9月17日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 レオに予定より二日早く来てもらった。

「おまえ、マフィアのボスはヒマだと思ってる?」

「ゴルフしたり、通りを歩いて、町の人にようって声をかけるだけの仕事だろ」

「……」

 忙しいのは重々承知だ。だが、ここにいる間に来て欲しかった。

「じゃ、今晩はマンマがご飯でも作ってあげようか」

「だめだ」

 おれは言った。

「外で食事。8時になったら成犬館まで迎えにくるんだ」

 彼は察した。

「……変なやつがつきまとっているのか」

「その予防。すまんね」

「誰だ」

「いや」

「誰だ」

 ん? 何か面倒になった?


9月18日 カシミール 〔犬・未出〕

 クリスがまた電話でいいわけをしている。

 デートのダブルブッキングで叱られたようだ。
 おれは言った。

「ひとりにしぼるって考えは微塵もないの?」

「しぼりたいね。ひとりになってくれるかい?」

「心にもないことを」

「なんでさ。カシミール、きみはおれにとって――」

 サンシャインだ、と船長が引き取った。

「カシミール、今日はタイ料理に行こう。ふたりで食べないと寝る時くさいからね」

 船長はクリスに笑いかけた。

「誘いたいけど、デートだろ。香辛料で息がくさくなっちゃこまるもんな」


9月19日 ウォルフ 〔ラインハルト〕

 レオがオフィスに来た。

「イアンにつきまとっているやつがいるらしいな」

 おれはどんよりした気分になった。
 もっともポピュラーなご相談だ。

「非売品をほしがる客もいる。だが、イアンからトラブルは聞いてない」

「客じゃないらしい」

「ほう」

「あんたじゃないかって話を聞いたんだが」

 おれは見返した。レオの目は笑っていなかった。

「誰がそんなことを?」

「クリスとかいうアクトーレス」

 ……あの野郎。


9月20日 劉小雲 〔犬・未出〕
 
 ご主人様から小さな荷物が送られてきた。
 月餅だ。

『おまえの好きな黒ゴマのと、塩たまご入りのが手に入ったから送る』

 中華街に行ったらしい。

 本当によく覚えている。いつも中国の食べ物の悪口をいい、自分はめったに手を出さないけど。最近は不味いに加えて、危険だとさえ言い出したけど。

 なんだかんだとまめに送ってくるんだよなあ。


9月21日 セイレーン 〔わんごはん〕

 日本に行ってきた。
 コンサートだ。

 とてもいい演奏ができて満足。その後、ご主人様の実家に行った。

 ご主人様の義姉さんといっしょにお月見した。月を見て、お団子を食べるという会だ。

 その席ではじめて知った。お義姉さんはぼくのコンサートを観に来てくれていたのだ。しかも、ご主人様のお兄さんもだ。

 ご主人様はおどろいていた。

「東京に?」

「付き添いみたいな顔してくっついてきたわよ」

「で……」

「なんにも言わなかったけど」

 またついてくる気みたいよ、とのことだった。


9月22日 キャンベル 〔執事・未出〕

 コスタがいると、家がにぎやかです。
 チェスとお茶の時間、という静かな生活を若い文化が席捲してしまいました。

 はじめて当世で流行っている曲のPVを見ました。度肝をぬかれましたよ。わたしもマイケル、マドンナぐらいまでは時代についていっていたんですがね。

 ハウスボーイのペペまでがコスタに感化されて、若返ってしまっています。

 今のふたりのブームはインド映画だそうで。アップテンポの曲に合わせて、せわしないダンスを踊っては、ゲラゲラ笑っています。


9月23日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

「わたしはよく騙される」

 お客様がグラスを手に語りました。

「ゆきずりの男からは財布をぬかれるし、つきあった男は高級車をたかってくる」

 この前、犬を旅行に連れていった、といいました。

「ワン公が旅行をねだった時、これは逃げる、と思った。しょうがない。餞別のつもりで財布をやつに預けたんだ。

すると、やつは少し両替して、あとは銀行に預けろってのさ。口うるさくわたしを叱るんだ。カメラをしまえ。金を見せるな。あげく、しっかりしないと人生でもひどい目に遭うぞ、とさ」


9月24日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

「ほら、ランダム。ダンス!」

 エリックがリビングでアニメソングをかける。

 ランダムは起き上がって不器用に揺れだす。手をふり、頭を振る。

 彼はこの曲が好きだ。すぐに四つんばいになりたがる癖は抜けないが、曲がかかると嬉々として踊りだす。
 おかげでだいぶ足腰が強くなった。

 彼がノる曲を発見したのはエリックの功績だ。この男はランダムをかまうのが楽しくてしかたないらしい。
 ロビンが言っていた。

「あれはもう子煩悩ってより、孫が出来たじいちゃんだな」


9月25日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ランダムは食事の席でよくそそうをします。ミルクのピッチャーを倒したり、おかずを跳ね上げたり。
 テーブルには余分の布巾がかかせません。

 先日はスープの皿をひっくりかえし、フィルのシャツを汚しました。
 でも、フィルは意外に動じません。舌打ちすらしません。

「席につくようになっただけでずっとマシだ」

 フィルは言いました。

「最初はテーブルの下でなきゃ食わなかったじゃないか。犬喰いで。テーブルにつかせると、我慢して見てるだけだった。あれはつらかった。今はずっといい」


9月26日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マキシムが言い出した。

「タコヤキ作ってくれ」

 ……どこで覚えたんだ。

「日本に行ったやつが、すごくうまかったって言ってた。作って」

 なんと道具まで買ってきた。
 しかし、それはワッフル焼き器だ。

 店にはタコヤキ器は売っておらす、取り寄せることに。

 しかし、おれもたこやきは作ったことがない。ネットの情報にはなかったため、家令に調べてもらった。

 昨日、やっとその成果をマキシムに味わわせた。
 彼は言った。

「おれ、こういうのダメ。もういらない」

 ……姫との暮らしはこんな日もある。


9月27日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

「うちのやつは電話魔なんだ」

 お客様がぼやくように言います。

「おれは貧乏なんだよ。利息で食ってるここの皆と違い、働かなきゃいけないんだ。だから、商談だのなんだので世界を飛び回っているんだ。

 なのに、あいつは毎晩電話するのさ。今日、何食べただの、旅行どこ行きたいだの。おれはおまえの生活費を稼ぐのに忙しいし、眠いんだっての」

 こちらは笑って聞いています。

 犬からは直接電話をかけられないので、ご主人様がかけなおさないとつながらないことは知っていますがね。


9月28日 アンディ 〔フィルゲーム〕

 日本人のヒロと話した。

 ヒロはきさくなやつだ。ドイツのことも好きだ、と言ってくれた。

 でも、ドイツのことはあまり知らない。町にはベンツのバスが走っているというと驚いていた。ベンツは日本では超高級車なのだ。

 ドイツのビールいいね、というわりに、カールスバーグをドイツビールだと思っていた。さらにドイツ全域でオクトーバーフェストをやってると思っている。あれはバイエルンの祭りだ。

 でも、おれも日本の万里の長城いいよなって言ったら、ねえよ、ってあっさり言われた。


9月29日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 9月も末になってもアフリカはまだ暑い。

 おれの贔屓の中華屋はまだ帰ってこない。売り上げが落ちる夏は彼はバケーションにいってしまうのだ。

 おじさんが帰ってくると、おれはよくみやげ話をきく。

『マレーシアの親戚のところにいってきた』

『留学中の息子に会ってきた』

『娘の結婚式に出た』

 ここの稼ぎはいいので、子どもたちにいい教育を受けさせることができた、とよろこんでいる。

『前は何にもなかった。海外に出られるとも思えなかった。おれは幸運だ。おれはここに来れて感謝してるよ』


9月30日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ランダムは冷たいスイカが大好きです。注意して見ていないと、際限なく食べてしまいます。

 すると下痢です。しばしばトイレに間に合わず、おもらしをします。
 当番はそのたびに下着を替えてやるんですが、バカな連中がつぎつぎスイカを買って帰ってくるのです。

 エリックはもちろん、ロビン、キースがスイカを抱えて「ランダム〜」と猫撫で声を出して帰ってきます。

 最近、猫撫で声こそ出さないもののミハイルもさりげなく買ってきます。

 ランダムよりこいつらを躾けねばなりません。


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